一橋倫政

更新は不定期 twitter→https://twitter.com/hito_rinsei

市場の失敗

1994年 経済分野 問2 より
価格メカニズムが万能でないために生じていると考えられる具体的な問題を1つ示し、そのような問題が発生してしまうメカニズムについて200字以内で説明しなさい。


今回は、事前にTwitter上で募集した答案をブログ上で紹介しつつ、解説する形をとりたいと思います。


答案
例として危険な医薬品が市場に出回り人々の健康・生命を害している問題を挙げる。価格メカニズムの正常な機能は、完全競争市場を前提としているが、ここにおいては売り手と買い手の情報の非対称性は考慮されていない。今回のケースも、医学的知識に乏しい買い手は、高価で安全性の高い商品よりも、安価で危険な商品を選ぶ傾向があり、売り手が安全追求のインセンティブを持てないため発生していると考えられる。

答案の検討

一番書きやすそうな問題を選んだのですが、答案は1つしか来ませんでした。残念。
まず、問題文から見ていきましょう。価格メカニズムが万能でないために生じていると考えられる具体的な問題、つまり市場の失敗の例を挙げて説明しろという問題です。注意して欲しいのは「生じている」「具体的な問題」、なので現実に起きている問題を取り上げる必要があります。この点に注意して答案を検討していきます。この答案では、情報の非対称性による市場の失敗を考えています。まず、「危険な医療品が市場に出回り人々の健康・生命を害している」とありますが、本当にそうでしょうか。現在の日本では、薬機法(旧薬事法)によって普通薬、そして市販されている医療部外品の製造は許認可制となっています。例えば医療部外品だと医療部外品製造業許可が必要です。また、その上製造販売承認を受ける必要があります。以上から、市場に流通している医療品が人々の健康・生命を害しているとは考えづらいです。江戸時代ならそういう例もあったかもしれませんが。「生じている」という設問の表現から、近年起こっている問題を取り上げろという解釈が一番自然に思えます。
次に、「価格メカニズムの正常な機能は、完全競争市場を前提としているが、ここにおいては売り手と買い手の情報の非対称性は考慮されていない。」の部分ですが、完全競争市場の定義自体が「情報が完全であること」、なので微妙に違和感があります。「完全競争市場では、売り手と買い手がともに取引される財サービスについて十分な知識を持っていることが想定されているが、現実は〜」、のようにした方が自然ですね。表現の仕方なので些細なことですが一応。
あとの文章は、まず市場に出回る医療品が人々の健康・生命を脅かしているという前提がおかしいのは置いといて個別に見ていきます。「医学的知識に乏しい買い手は、高価で安全性の高い商品よりも、安価で危険な商品を選ぶ傾向があり」この部分ですが、逆選択のことを言いたかったのでしょうか(?) この場合高価で安全性の高い商品と、安価で危険な商品のみを仮定しています。(つまり、安価で安全な商品はない) 高価と安全、安価と危険はそれぞれセットなので、この仮定ではむしろ価格メカニズムは働いているように思えます。(安全なら高い、危険なら安い) つまり、消費者は危険だと知りつつ安価な商品を選ぶ傾向にある、という文になっています。本当にそうでしょうか。 危険な医療品とは具体的にどのような商品なんでしょうか。「売り手が安全追求のインセンティブを持てないため発生していると考えられる。」最後にこの部分ですが、上記の仮定での均衡が「売り手が安全追求しない」ということでしょうか。あと読みづらいのでこの2つの間は文をくぎった方がいいですね。

情報の非対称性で解答を考えてみる

すぐに思いつく例は公害とかだと思いますが、情報の非対称性が来るとは思いませんでした。「情報の非対称性」という言葉は経済学では非常に重要ですが、政経ではほとんど扱われないため、慣れないうちはあまり使わないほうが良いでしょう。(範囲が偏っているという話)まあ公害で答案作っても政経では着地が書けないと思います。以下の解答例では、現実の情報の非対称性による市場の失敗の例を題材に用いて作ったので、参考にしてください。情報の非対称性による市場の失敗には大きく2つに分けて、逆選択(逆淘汰・逆選抜・アドバースセレクション)・モラルハザードが挙げられます。モラルハザードについては早稲田大商学部2019年の論述で出題されています。(後述)まず、逆選択とは契約前の情報の非対称性に起因する現象です。事前に財サービスの品質に関する情報がわからないとき、高品質のものはふさわしい価格で取引されず、市場に低品質のものばかり出回ります。(詳しくはレモン市場のWikipediaでも参照してください)上の答案の例で言えば「安価で危険な(低品質の)商品ばかりが市場に出回る」ならば逆選択といえます。一方で、モラルハザードとは契約後の行動に関する情報がわからないために発生する現象です。例えば、保険会社は加入者を監視することはできないので加入者が契約後どのような行動を取るかという情報を知ることはできません。このような場合、加入者は保険に入っていることに安心して危機管理を怠り、結果として保険に入ったことで事故を起こしやすくなります。早稲田で出題された内容はこれとほぼ同じです。(某S予備校は加入者が情報隠して保険会社に損害を与えるとか書いてましたがとんでもない間違いです。調べながら解答作っているにも関わらず用語の定義を間違える意味がわかりませんね)


〈解答例〉
2医療保険市場において、逆選択という問題が起こった。保険料が高くカバーが手厚いプランと、カバーは手薄だが保険料は安いプランがあった。このとき、契約前に購入者は自分の健康リスクに関する情報を十分持っているが、保険会社は購入者の健康リスクに関する情報が少ない、という情報の非対称性が生じていた。その結果、不健康な人ほど前者を選択し、健康な人ほど後者を選択したため、保険会社はサービスを提供できなくなった。(199字)