一橋倫政

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最後の一橋倫政2021解答・解説

1 開いた社会とは、原則として人類全体を包含する社会のことであり、普遍的な人間愛に基づく動的な社会である。開いた社会は、人類という無限に開かれた普遍的な社会であり、換言すれば、超越性に対し開かれた社会である。一方、閉じた社会は、家族や国家など集団の防衛本能に基づく静的な社会であり、成員の内に限られた閉鎖的な社会である。ベルクソンによれば、生命の創造的進化の流れは閉じた社会から開いた社会へと進化する。(200字)

 

2 開いた社会では、全ての人類が構成員となるため、個々人に対し、自由を宣言し平等を保障する普遍的人権を賦与する必要があり、民主主義のみが唯一可能とする。自由平等は矛盾するが、その矛盾は同胞愛によって止揚される。従って、愛こそが志向の原動力といえる。他者に対する愛は、論理的な演繹を超えた飛躍である。ベルクソンの言う愛とは、相互的な創造行為、すなわち『創造的進化』で言及されたエラン・ヴィタールである。(200字)

 

<解説>

 難易度は難。ほとんどの受験生はベルクソンはノーマークだったのではないだろうか。問1はリード文において説明されている「閉じた社会」をヒントにして書けばよいが、静的、動的、超越といったワードを入れるのは困難かもしれない。ベルクソンは、閉じた道徳を静的宗教であるユダヤ教、開いた道徳を動的宗教であるキリスト教と結びつけ、道徳哲学とともに宗教論を展開した。問2は指定された語句を全て用いるのは、対策していなければ難しい。詳しくは以下の文献を参照してほしい。

 

参考文献

菊谷和宏, 2006, 「トクヴィルベルクソン : 近代民主主義の人間的/超越的基盤」,日仏社会学会年報, 第16号, 103頁 

菊谷和宏, 2008, 「共に生きるという自由について:生の社会学への展望ートクヴィルデュルケームベルクソンー」, 『思想』, No.1010 , 32頁

 

 Ⅱ

1 A核兵器廃絶国際キャンペーン核兵器禁止条約(TPNW)の採択。TPNWは核に関する活動を包括的に禁止している。国際会議での核兵器の非人道性を強調する動きが顕著になったことが背景である。核拡散防止条約や包括的核実験禁止条約が、多国間条約を通じ核軍縮を進める制度である一方、それに加え、TPNWが条約形成のプロセスを通じて、核兵器禁止を国際慣習法の規範として確立することを目指す点に重要な意義がある。(200字)

 

2 日本は、唯一の被爆国として核廃絶に尽力する姿勢を示す必要がある。しかし、日本周辺国が核を増強する中、米国による拡大核抑止は日本の安全保障において不可欠である。そのため、2017年の核廃絶決議では核保有国に配慮し、2018年NPRを日米同盟下での拡大核抑止の信憑性の維持を重視し、高く評価した。そして、現在まで日本はTPNWには未加入である。安全保障と核軍縮の両立の問題は継続的に取り組む必要がある。(200字)

 

<解説>

 難易度は難。想定出題者は秋山信将氏。ラストに相応しい難易度である。問1を正確に書けた受験生はいないだろう。空欄の穴埋め、ノーベル賞受賞の契機の部分のみ正しく書けていれば十分と思われる。多くの受験生は、「核拡散防止条約核廃絶に繋がらなかったため、核兵器禁止条約が採択された」といった内容を書いたかもしれないが、その答案で点がくるかは怪しい (参照https://twitter.com/nobu_akiyama/status/1301017170160222208)。

 秋山[2018]によると、核軍縮には、安全保障アプローチ、制度的アプローチ、規範的アプローチの3つの側面があり、適切な政策を行うには、それぞれの側面が相互にどのように影響しあっているかを分析する必要がある。これらのアプローチは相互補完的であり、いずれかの側面からのみのアプローチで事足りるものではない。過去の核に関する国際合意(核拡散防止条約や包括的核実験禁止条約)は、制度的アプローチに相当する。核兵器の非人道性が強調される中、規範的アプローチの機運が高まったこと、さらに、核兵器禁止条約が核禁止の法規範としての確立を目指すものであることを指摘すればよい。問2は具体例をどこまで盛り込むかだが、日本のジレンマが特に顕在化したとされる2つの事例 (2017の国連第一委員会での核廃絶決議、2018NPRに対する日本政府の評価)、および核兵器禁止条約に加入していないことを答案に入れた。前者2つはその場の思いつきで書くことは困難であろう。

 最後の一文は下線部の意図を汲んだ。下線部では核兵器は全廃するしかない、といった趣旨になっている。しかし、秋山氏は核兵器禁止条約への加入は慎重になるべきであると主張している(参照 https://twitter.com/nobu_akiyama/status/1292438642112126977)。果たして核軍縮、安全保障、人道規範が収斂するような核政策は存在するのか未だ検討の余地がある、といった出題者の意図が垣間見える問題であった。

 

参考文献

秋山信将, 2018, 「核兵器禁止条約成立後の日本の核軍縮政策」,「国際問題」, 672号

 

1 個人の自由な経済活動には感染拡大が伴う。感染拡大は、自身だけでなく他人にもリスクを負わせることになるため、負の外部性を持つ。また、医療サービスは供給が限られているため、病院の混雑といった負の外部性ももたらす。市場を介さず、他の経済主体に影響を与える外部性は、市場原理に任せておくと、死重損失を生み出し、効率性を損なわせる。以上の理由から、新型コロナウィルス感染拡大は市場の失敗を引き起こしてしまう。(200字)

 

2 市場の失敗に対する有効な手法として、ピグー補助金が挙げられる。補助金により行動制限を促すことで、原因である感染拡大を抑制することが出来る。ロックダウン等の直接規制は移動の自由、経済活動の自由といった憲法の規定上困難である。また、ピグー税を課すことによっても補助金と同様の効果が得られると考えられているが、感染拡大時のような経済的に厳しい家計も存在することを考慮すれば、税よりも補助金の方が望ましい。(200字)

 

<解説>

 難易度は普通~難。自由度の高い問題である。多少の経済学の知識があれば答案を作ることは容易だが、大半の受験生は難しかったかもしれない。

 問1は感染拡大に外部性が伴うこと、そして外部性の存在が市場の失敗を引き起こすことを指摘すればよい。正の外部性でもいいが、感染症なので負の外部性の方が適切だろう。

 問2は市場の失敗の解決法 (2010年の子どもは公共財など過去に似たような出題アリ) 。受験生に思いつくかどうかは厳しいところだが、ピグー補助金(税も可)で答案を作ればよい。出題者の想定解だろう。ミクロの知識を聞いているため、景気刺激策などマクロの内容をうっかり書かないようにしたい。なお直前予想問題ピグー税には触れた。

 

 追記

 設問をよく読むと、指摘すべき市場の失敗は外部性によるものに限らないことが分かる。よって、問2には様々な別解が考えられる。以下では、別解を2つほど紹介する。

 

<別解①>

2 新型コロナウィルスに対する予防接種は、他人への感染確率を下げる点で正の外部性があり、公共財といえる。また、感染者から病原体排出を抑制する治療は前者と同様に公共財とみなせる。性質上フリーライドによる過少供給になりやすいため、補助金が有効である。さらに感染症の予防や治療はその効果が国境を越え、スピルオーバーするため、国際公共財といえる。対策として、WHO等の国際機関への出資等の協調行動が考えられる。(200字)

 

 公共財という視点から解答を作成した。ワクチンは他人への感染確率を下げるという点で公共財である。同様の点から、マスクも公共財的性格を持つといえる。こちらの方が受験生には思いつきやすかったかもしれない。また、ワクチンの成分・製薬に関する情報、及び感染症の流行に関する情報も同様に公共財であり (知識や情報は非排除性と非競合性をあわせ持つ公共財である)、この視点から書くこともできる。詳しくは以下の文献を参考にしてほしい。

 

参考文献

山形辰史, 2005, 「国際公共財としての感染症対策」, 財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」, 171, 177-181頁

 

<別解②>

2 感染拡大下における市場の失敗として、政府が感染者を判別できないという情報の非対称性の問題が存在する。一律の行動制限ではなく、感染抑制と自由な経済活動を両立させるためには、スクリーニングによって、定期的に国民の感染状況を把握し、情報の非対称性を解消することが重要となる。具体的には、抗体検査によってマクロ的な感染状況を把握し、抗原検査やPCR検査を用いて、ミクロ的な感染状況を把握できる環境を整える。(200字)

 

 情報の非対称性という観点から解答を作成した。小黒[2020]によれば、命と経済の二項対立(トレードオフ)ではなく、命と経済の両方を守る出口戦略が、通常の経済活動を取り戻すために必要となる。誰が感染しているか分からない以上、一律の行動制限をかける他ない。小黒氏は、このような情報の非対称性の解消のため、PCR検査の拡充を提言している。

 

参考文献

小黒一正, 2020, 「迅速な現金給付と「デジタル政府」の重要性ーCOVID-19の出口戦略を視野に」, 小林慶一郎・森川雅之編著 『コロナ危機の経済学提言と分析』日本経済新聞出版