一橋倫政

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最後の一橋倫政2021解答・解説

1 開いた社会とは、原則として人類全体を包含する社会のことであり、普遍的な人間愛に基づく動的な社会である。開いた社会は、人類という無限に開かれた普遍的な社会であり、換言すれば、超越性に対し開かれた社会である。一方、閉じた社会は、家族や国家など集団の防衛本能に基づく静的な社会であり、成員の内に限られた閉鎖的な社会である。ベルクソンによれば、生命の創造的進化の流れは閉じた社会から開いた社会へと進化する。(200字)

 

2 開いた社会では、全ての人類が構成員となるため、個々人に対し、自由を宣言し平等を保障する普遍的人権を賦与する必要があり、民主主義のみが唯一可能とする。自由平等は矛盾するが、その矛盾は同胞愛によって止揚される。従って、愛こそが志向の原動力といえる。他者に対する愛は、論理的な演繹を超えた飛躍である。ベルクソンの言う愛とは、相互的な創造行為、すなわち『創造的進化』で言及されたエラン・ヴィタールである。(200字)

 

<解説>

 難易度は難。ほとんどの受験生はベルクソンはノーマークだったのではないだろうか。問1はリード文において説明されている「閉じた社会」をヒントにして書けばよいが、静的、動的、超越といったワードを入れるのは困難かもしれない。ベルクソンは、閉じた道徳を静的宗教であるユダヤ教、開いた道徳を動的宗教であるキリスト教と結びつけ、道徳哲学とともに宗教論を展開した。問2は指定された語句を全て用いるのは、対策していなければ難しい。詳しくは以下の文献を参照してほしい。

 

参考文献

菊谷和宏, 2006, 「トクヴィルベルクソン : 近代民主主義の人間的/超越的基盤」,日仏社会学会年報, 第16号, 103頁 

菊谷和宏, 2008, 「共に生きるという自由について:生の社会学への展望ートクヴィルデュルケームベルクソンー」, 『思想』, No.1010 , 32頁

 

 Ⅱ

1 A核兵器廃絶国際キャンペーン核兵器禁止条約(TPNW)の採択。TPNWは核に関する活動を包括的に禁止している。国際会議での核兵器の非人道性を強調する動きが顕著になったことが背景である。核拡散防止条約や包括的核実験禁止条約が、多国間条約を通じ核軍縮を進める制度である一方、それに加え、TPNWが条約形成のプロセスを通じて、核兵器禁止を国際慣習法の規範として確立することを目指す点に重要な意義がある。(200字)

 

2 日本は、唯一の被爆国として核廃絶に尽力する姿勢を示す必要がある。しかし、日本周辺国が核を増強する中、米国による拡大核抑止は日本の安全保障において不可欠である。そのため、2017年の核廃絶決議では核保有国に配慮し、2018年NPRを日米同盟下での拡大核抑止の信憑性の維持を重視し、高く評価した。そして、現在まで日本はTPNWには未加入である。安全保障と核軍縮の両立の問題は継続的に取り組む必要がある。(200字)

 

<解説>

 難易度は難。想定出題者は秋山信将氏。ラストに相応しい難易度である。問1を正確に書けた受験生はいないだろう。空欄の穴埋め、ノーベル賞受賞の契機の部分のみ正しく書けていれば十分と思われる。多くの受験生は、「核拡散防止条約核廃絶に繋がらなかったため、核兵器禁止条約が採択された」といった内容を書いたかもしれないが、その答案で点がくるかは怪しい (参照https://twitter.com/nobu_akiyama/status/1301017170160222208)。

 秋山[2018]によると、核軍縮には、安全保障アプローチ、制度的アプローチ、規範的アプローチの3つの側面があり、適切な政策を行うには、それぞれの側面が相互にどのように影響しあっているかを分析する必要がある。これらのアプローチは相互補完的であり、いずれかの側面からのみのアプローチで事足りるものではない。過去の核に関する国際合意(核拡散防止条約や包括的核実験禁止条約)は、制度的アプローチに相当する。核兵器の非人道性が強調される中、規範的アプローチの機運が高まったこと、さらに、核兵器禁止条約が核禁止の法規範としての確立を目指すものであることを指摘すればよい。問2は具体例をどこまで盛り込むかだが、日本のジレンマが特に顕在化したとされる2つの事例 (2017の国連第一委員会での核廃絶決議、2018NPRに対する日本政府の評価)、および核兵器禁止条約に加入していないことを答案に入れた。前者2つはその場の思いつきで書くことは困難であろう。

 最後の一文は下線部の意図を汲んだ。下線部では核兵器は全廃するしかない、といった趣旨になっている。しかし、秋山氏は核兵器禁止条約への加入は慎重になるべきであると主張している(参照 https://twitter.com/nobu_akiyama/status/1292438642112126977)。果たして核軍縮、安全保障、人道規範が収斂するような核政策は存在するのか未だ検討の余地がある、といった出題者の意図が垣間見える問題であった。

 

参考文献

秋山信将, 2018, 「核兵器禁止条約成立後の日本の核軍縮政策」,「国際問題」, 672号

 

1 個人の自由な経済活動には感染拡大が伴う。感染拡大は、自身だけでなく他人にもリスクを負わせることになるため、負の外部性を持つ。また、医療サービスは供給が限られているため、病院の混雑といった負の外部性ももたらす。市場を介さず、他の経済主体に影響を与える外部性は、市場原理に任せておくと、死重損失を生み出し、効率性を損なわせる。以上の理由から、新型コロナウィルス感染拡大は市場の失敗を引き起こしてしまう。(200字)

 

2 市場の失敗に対する有効な手法として、ピグー補助金が挙げられる。補助金により行動制限を促すことで、原因である感染拡大を抑制することが出来る。ロックダウン等の直接規制は移動の自由、経済活動の自由といった憲法の規定上困難である。また、ピグー税を課すことによっても補助金と同様の効果が得られると考えられているが、感染拡大時のような経済的に厳しい家計も存在することを考慮すれば、税よりも補助金の方が望ましい。(200字)

 

<解説>

 難易度は普通~難。自由度の高い問題である。多少の経済学の知識があれば答案を作ることは容易だが、大半の受験生は難しかったかもしれない。

 問1は感染拡大に外部性が伴うこと、そして外部性の存在が市場の失敗を引き起こすことを指摘すればよい。正の外部性でもいいが、感染症なので負の外部性の方が適切だろう。

 問2は市場の失敗の解決法 (2010年の子どもは公共財など過去に似たような出題アリ) 。受験生に思いつくかどうかは厳しいところだが、ピグー補助金(税も可)で答案を作ればよい。出題者の想定解だろう。ミクロの知識を聞いているため、景気刺激策などマクロの内容をうっかり書かないようにしたい。なお直前予想問題ピグー税には触れた。

 

 追記

 設問をよく読むと、指摘すべき市場の失敗は外部性によるものに限らないことが分かる。よって、問2には様々な別解が考えられる。以下では、別解を2つほど紹介する。

 

<別解①>

2 新型コロナウィルスに対する予防接種は、他人への感染確率を下げる点で正の外部性があり、公共財といえる。また、感染者から病原体排出を抑制する治療は前者と同様に公共財とみなせる。性質上フリーライドによる過少供給になりやすいため、補助金が有効である。さらに感染症の予防や治療はその効果が国境を越え、スピルオーバーするため、国際公共財といえる。対策として、WHO等の国際機関への出資等の協調行動が考えられる。(200字)

 

 公共財という視点から解答を作成した。ワクチンは他人への感染確率を下げるという点で公共財である。同様の点から、マスクも公共財的性格を持つといえる。こちらの方が受験生には思いつきやすかったかもしれない。また、ワクチンの成分・製薬に関する情報、及び感染症の流行に関する情報も同様に公共財であり (知識や情報は非排除性と非競合性をあわせ持つ公共財である)、この視点から書くこともできる。詳しくは以下の文献を参考にしてほしい。

 

参考文献

山形辰史, 2005, 「国際公共財としての感染症対策」, 財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」, 171, 177-181頁

 

<別解②>

2 感染拡大下における市場の失敗として、政府が感染者を判別できないという情報の非対称性の問題が存在する。一律の行動制限ではなく、感染抑制と自由な経済活動を両立させるためには、スクリーニングによって、定期的に国民の感染状況を把握し、情報の非対称性を解消することが重要となる。具体的には、抗体検査によってマクロ的な感染状況を把握し、抗原検査やPCR検査を用いて、ミクロ的な感染状況を把握できる環境を整える。(200字)

 

 情報の非対称性という観点から解答を作成した。小黒[2020]によれば、命と経済の二項対立(トレードオフ)ではなく、命と経済の両方を守る出口戦略が、通常の経済活動を取り戻すために必要となる。誰が感染しているか分からない以上、一律の行動制限をかける他ない。小黒氏は、このような情報の非対称性の解消のため、PCR検査の拡充を提言している。

 

参考文献

小黒一正, 2020, 「迅速な現金給付と「デジタル政府」の重要性ーCOVID-19の出口戦略を視野に」, 小林慶一郎・森川雅之編著 『コロナ危機の経済学提言と分析』日本経済新聞出版

 

 

 

 

一橋倫政直前予想問題 解答例

(1)カントは、道徳の判断基準を動機に求める動機主義の立場をとり、行為の結果よりも、動機となる善意志を無条件に善いものと認めた。善意志とは、義務に従いつねに善をなそうとする意志である。一方で、ヘーゲルは、人間は法と道徳が統一された人倫の中で生きる社会的存在であるとする立場からカントを批判し、現実に人間が直面する具体的な社会的場面、行為の社会的影響を考慮せずに、その善悪は問題にできないと考えた。

(2)ヘーゲルによれば、人倫は、愛情によって結ばれた家族から出発し、欲望の体系として人倫の喪失態に陥った市民社会を経て、人倫の完成態として国家へと至る。欲望の体系としての市民社会では、家族から独立し自由で平等となった個人が自己の欲望を満たすため利益を追求する。これに対して、市民社会で失われた統一を回復する人倫の完成態としての国家では、家族の共同性と市民社会の個人の独立が止揚される。

(1)明治憲法下では、天皇が主権者であったが日本国憲法下では国民主権が採用され、主権者たる国民を直接代表する国会に民主的正統性による高い地位が認められる。「国権の最高機関」とは、その民主的基盤をもとにした、高い政治的権威と国政の中心的機関であることを強調する政治的な美称である。よって、「最高機関」の文言から国会の特別の地位や機能等の法的意味を導き出すことはできない。

(2)「立法」とは、法規という特定の内容の法規範を定立する作用である実質的意味の立法を意味する。また、「唯一」とは、国会以外の機関による立法を認めない国会中心立法の原則、そして、立法は国会以外の機関の参与を必要としないで成立するという国会単独立法の原則という2つの原則を意味する。前者には、両議院の規則制定権や最高裁の規則制定権という憲法上の例外が存在する。

 

(1)貨幣の3つの機能とは、価値尺度としての機能、交換手段としての機能、価値貯蔵手段としての機能である。貨幣は一般的に、利用者が増えれば増えるほど、その利便性が増すというネットワーク外部性を持つ。そのため、通貨としては交換手段としての機能が重要となる。仮想通貨を考えると、市場の流動性が小さく、一般受容性に欠けるため、交換手段としての機能が十分に働いているとはいえない。また、仮想通貨の価値の変動性は国際通貨の変化率と比較しても数倍大きく、価値貯蔵手段としての機能も劣っている。仮想通貨は、価値貯蔵手段、特に交換手段としての機能の点で既存の通貨に非常に劣るため、経済的な貨幣とはいえない。

(2) ア : 外部性 イ : 外部不経済 ウ : 外部経済 エ : ピグー オ : コース 

一橋倫政直前予想問題

標準解答時間は120分です。

 

下の問いに答えなさい。(配点:25点×2)

 問1 カントの道徳思想に対するヘーゲルの批判的立場について論述せよ。(200字以内)

 問2 ヘーゲルは「市民社会」と「国家」の関係をどのように考えたか、論述せよ。  (200字以内)

 

 次の文章は日本国憲法の条文である。これを読んで、下の問いに答えなさい。(配点:25点×2)

 第41条

 国会は、国権の最高機関であつて、国の、唯一の立法機関である。

 問1 「国権の最高機関」について説明せよ。(200字以内)

 問2 「唯一の立法機関」について説明せよ。(200字以内)

 

 1 近年、ビットコインに代表される仮想通貨が広まりつつある。仮想通貨は主に、インターネット上での取引に使用される。このような仮想通貨は果たして経済学的な貨幣といえるだろうか。貨幣の3つの機能を明らかにしつつ、あなたの考えを述べなさい。(300字以内) (配点:35点)

 

  2 次の文章を読み、以下の問いに答えなさい。

 完全競争市場においては、各消費者の効用(満足度)は消費する財に依存し、他の消費者の消費する財からは独立している。同様に、各企業の生産量も他の企業の生産量には依存せず、独立している。しかし、現実では公害等の影響によって消費者の効用、企業の生産量は異なってくる。このような、ある経済主体が他の経済主体に対し、市場を介さずに影響を与えるとき、(  ア  )が存在するという。他の経済主体が受ける損害は(  イ  )と呼ばれ、利益は(  ウ  )と呼ばれる。このような問題を解決する手法として、課税があげられる。特に、社会的に効率的な生産量での社会的限界費用と私的限界費用の差額を生産1単位ごとに各企業に課税するという手法は(  エ  )税と呼ばれる。また、交渉によってこのような問題を解決する手法もある。交渉にかかる取引費用がゼロの場合、交渉によって社会的に最適な生産量を実現することが出来る。これを、(  オ  )の定理と呼ぶ。

 問 空欄ア~オにあてはまる言葉を答えなさい。(配点:3点×5)

 

 

 

集積の経済

前回に引き続き、今回も一橋地理の過去問の中で経済分野に関わりが深い問題を検討していきます。今回は、2008【1】(3)を扱います。テーマは「集積」です。

 

(設問を要約すると)産業集積は企業にとってどのようなメリットがあるか。(150字)

 

集積の経済

集積のメリットはDuranton and Puga [2004]に従って整理すると、共有マッチング学習の3種類に分けられる[1]。 解答例はこれに沿って作成した。共有によるメリットとは規模の経済範囲の経済の利益の共有を表す。マッチングによるメリットとは、企業・労働者が多数集積することで、最も利益を得られる相手と出会うことを表す。学習によるメリットとは、起業家や労働者が既存企業、熟練労働者などから学ぶ機会が多いことで、能力の向上が期待できることを表す。規模の経済、範囲の経済はともに重要な用語なので、書けるようにしておくのが良い。規模の経済とは、生産量の増加によって1単位あたりの生産にかかる費用が逓減していくことを指す。範囲の経済とは、複数の財・サービスを複数の企業で供給するよりも、単一企業で生産するほうが費用を抑えられることを指す。

 

都市経済学における集積の経済

 一般に、都市経済学における集積の経済は大きく分けて(1)地域特化の経済 (2)都市化の経済 に分けられる。地域特化の経済とは、同一産業に属する企業が多数集積することによる〈利益〉である[2]。 地域特化の経済は、上記で述べた集積のメリットと同じである。以下では、都市化の経済について検討していく。ある地域に異なる産業の企業が多数集中し、異なるバックグラウンドをもつ人々が集中することによって、都市化の経済が働く。  例えば、銀行は、様々な産業の企業が存在するような地域に立地する。銀行は1年を通じて信用創造によって利益を生み出すが、単一の産業の企業のみが立地する地域だと、どの企業も同一時期に資金を必要とするため、このような地域は銀行にっては好ましいものではない。多数の人が集中することによる利益は、文化へのアクセスが容易であることが挙げられる。美術館や音楽ホールは、経営を維持するためには、一定以上の入場者がいなければならないため、比較的人口の多い場所立地する。このような都市化の経済によって、都市にさらなる人や産業が集積し、都市は自己発展的に成長していく[3]。

 

[1] 柳川隆 町野和夫 吉野一郎 (2015) 『ミクロ経済学・入門』 340,341頁

[2],[3] 佐々木公明 文世一 (2000) 『都市経済学の基礎』 13,16,18,19頁


参考文献

Duranton, G. and D. Puga (2004) "Micro-Foundations of Urban Agglomeration Economies"

 

〈解答例〉

3企業が集積することで、生産活動に必要なインフラ等のために存在する規模の経済や、多様な中間財の投入の必要性から存在する範囲の経済から生じる便益を共有できる。また、多くの企業や労働者が集積することで互いに最も利益を得られる相手と出会う可能性が高くなる。さらに、起業家や労働者がそれぞれ既存企業や熟練労働者の経験から学ぶ機会が増え、能力の向上に繋がる。(150字)

クリスタラーの中心地理論

 先日、都市経済学のテキストを読んでいたところ、「クリスタラー中心地理論」なるものが出てきた。どこかで見たことがあると考えを巡らせていると、2005一橋地理第3題に同様のテーマで出題されていたことに気づいた。そんなものを出題するな 一橋大学で出題される地理は、経済学の知識を絡めた問題が出題されることがあり、高得点を狙うならその対策は必要となる。また、この分野の対策をすることで経済分野の対策も兼ねることができ、倫政/地理選択の人は本番問題を見てから解きやすい方を解くという選択肢も生まれてくるため、余裕のある人はやっておいた方が良いと思われる。今回はその問題の一部を検討していきたい。(なお、地理の問題は許可を取っておらずリード文含む全文は掲載できないため、各自でT予備校のHPなど参照してください)

 

 (設問を要約すると)電子商取引の登場により今まで取引されることはなかった特殊な商品が取引されるようになった。この理由を「財の到達範囲」の概念を用いて説明せよ。また、人々の消費する商品のバラエティはどのように変化したか。(100字)という問である。

 

中心地理論

 まず、クリスタラー中心地理論を簡単に説明してみる。例えば、農業を中心とする経済システムで営まれていた時代を例に考える。自分の住まいから市場へ向かうには当然交通費がかかる。さらに、財の価格が上乗せされる。これを総費用と呼ぶことにすると、市場におもむいて財を購入する条件は、総費用が自家生産にかかる費用を下回る場合に限られる。このとき、市場から限界ギリギリのラインまでを最大到達距離と呼ぶ。市場に近い場合は総費用の方が小さくなり、市場に行って財を購入することになるが、市場から離れている場合、自家生産した方が安上がりになる。この(総費用)≦(自家生産の費用)となるような範囲を商圏と呼ぶ。複数の商圏が隣り合わせとなっている場合、2つの商圏が重なっている場所では競争が熾烈になり、財の価格は低いものとなる。正の利潤がある限り企業の参入は続くが、ゼロとなったとき参入は止まり均衡となる。また、人口密度が高い場所では企業間の間隔は小さくなる。これは、商圏が小さくても固定費用を十分にカバーできるほど売り上げが出るためである。つまり人口密度が高い場所では企業が多く立地し、大きな都市ができる。逆に低い場所では、あまり企業は立地せず、都市は小規模のものとなる。このように、中心地システムは階層構造を持つとされる。中心地理論では、大規模の都市の周辺には多くの小規模の都市が偏在することになる(設問の図を参照)。さらに、大規模の都市ではそれより小規模の都市にある業種の財は全て手に入れることができる。(モデルでは複数の財を考えるがここでは省略する)

 

財の到達範囲と電子商取引

 ここで、設問に戻って考えてみる。リード文では財の到達範囲の上限と下限の説明がされているため、解答例もそれに合わせて考える。上記で言う商圏が、財の到達範囲の上限にあたる。電子商取引では交通費がかからず、上記でいうなら総費用は財の価格しかかからない。交通費がかからないならば、財の到達範囲の上限は拡大する。cyberspaceに「立地する」商店に、Internetを通じてアクセスでき、また、注文した商品を望む場所に配達させることが可能であるならば、財の到達範囲の上限という制約を考慮する必要が低くなるのである[1]。 また、同時に財の到達範囲の下限も大きくなる。これは定義を見れば明らかである。財の到達範囲の下限の定義は、中心地においてある財を供給するために必要なその財の最小限度の需要量を含む空間的範囲であり、供給者がある財の販売を維持するのに必要な需要人口 を満たす、中心地からの最小距離 [2] である。つまり、下限は最低限度の需要を含まなければならないということである。設問でいう特殊な商品というのはそれまで需要の少なかった商品であると考えられる。その商品の取引で最低限度の需要を満たすためには、下限の範囲はこれまでよりも広くなくてはならない。その結果、財の到達範囲の下限も拡大する。こうして、財の到達範囲の下限が、財の到達範囲の上限と比較して大きくなって、これまでは供給されなかったような財が供給されるようになる[3]。 また、クリスタラー中心地理論では上記の通り階層構造があり、小規模の都市では手に入らず、大規模の都市でしか手に入らない商品が存在する。一方で、電子商取引の場合このような階層構造は存在しないため、あらゆる商品が取引される。このような理由から、人々の消費する商品のバラエティは豊富になる。

 

[1],[3] 2007 高橋康人 “失われた空間を求めて-  「空間」の視点が捉えるB2Cのダイナミクス -”

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasi/22/0/22_0_266/_pdf/-char/ja

[2] 2017 坪井明彦 “地方都市商店街の活性化に関する考察” 『地域政策研究』19巻3号 86頁
http://www1.tcue.ac.jp/home1/c-gakkai/kikanshi/ronbun19-3/11tsuboi.pdf

 

〈解答例〉

3(2)取引費用の低下で財の到達範囲の上限は拡大し、従来需要の少なかった商品も遠方に需要を求めうるため、同様に下限も拡大し、特殊な商品が取引されるようになり、人々の消費する商品のバラエティは豊富になった。(100字)

市場の失敗

1994年 経済分野 問2 より
価格メカニズムが万能でないために生じていると考えられる具体的な問題を1つ示し、そのような問題が発生してしまうメカニズムについて200字以内で説明しなさい。


今回は、事前にTwitter上で募集した答案をブログ上で紹介しつつ、解説する形をとりたいと思います。


答案
例として危険な医薬品が市場に出回り人々の健康・生命を害している問題を挙げる。価格メカニズムの正常な機能は、完全競争市場を前提としているが、ここにおいては売り手と買い手の情報の非対称性は考慮されていない。今回のケースも、医学的知識に乏しい買い手は、高価で安全性の高い商品よりも、安価で危険な商品を選ぶ傾向があり、売り手が安全追求のインセンティブを持てないため発生していると考えられる。

答案の検討

一番書きやすそうな問題を選んだのですが、答案は1つしか来ませんでした。残念。
まず、問題文から見ていきましょう。価格メカニズムが万能でないために生じていると考えられる具体的な問題、つまり市場の失敗の例を挙げて説明しろという問題です。注意して欲しいのは「生じている」「具体的な問題」、なので現実に起きている問題を取り上げる必要があります。この点に注意して答案を検討していきます。この答案では、情報の非対称性による市場の失敗を考えています。まず、「危険な医療品が市場に出回り人々の健康・生命を害している」とありますが、本当にそうでしょうか。現在の日本では、薬機法(旧薬事法)によって普通薬、そして市販されている医療部外品の製造は許認可制となっています。例えば医療部外品だと医療部外品製造業許可が必要です。また、その上製造販売承認を受ける必要があります。以上から、市場に流通している医療品が人々の健康・生命を害しているとは考えづらいです。江戸時代ならそういう例もあったかもしれませんが。「生じている」という設問の表現から、近年起こっている問題を取り上げろという解釈が一番自然に思えます。
次に、「価格メカニズムの正常な機能は、完全競争市場を前提としているが、ここにおいては売り手と買い手の情報の非対称性は考慮されていない。」の部分ですが、完全競争市場の定義自体が「情報が完全であること」、なので微妙に違和感があります。「完全競争市場では、売り手と買い手がともに取引される財サービスについて十分な知識を持っていることが想定されているが、現実は〜」、のようにした方が自然ですね。表現の仕方なので些細なことですが一応。
あとの文章は、まず市場に出回る医療品が人々の健康・生命を脅かしているという前提がおかしいのは置いといて個別に見ていきます。「医学的知識に乏しい買い手は、高価で安全性の高い商品よりも、安価で危険な商品を選ぶ傾向があり」この部分ですが、逆選択のことを言いたかったのでしょうか(?) この場合高価で安全性の高い商品と、安価で危険な商品のみを仮定しています。(つまり、安価で安全な商品はない) 高価と安全、安価と危険はそれぞれセットなので、この仮定ではむしろ価格メカニズムは働いているように思えます。(安全なら高い、危険なら安い) つまり、消費者は危険だと知りつつ安価な商品を選ぶ傾向にある、という文になっています。本当にそうでしょうか。 危険な医療品とは具体的にどのような商品なんでしょうか。「売り手が安全追求のインセンティブを持てないため発生していると考えられる。」最後にこの部分ですが、上記の仮定での均衡が「売り手が安全追求しない」ということでしょうか。あと読みづらいのでこの2つの間は文をくぎった方がいいですね。

情報の非対称性で解答を考えてみる

すぐに思いつく例は公害とかだと思いますが、情報の非対称性が来るとは思いませんでした。「情報の非対称性」という言葉は経済学では非常に重要ですが、政経ではほとんど扱われないため、慣れないうちはあまり使わないほうが良いでしょう。(範囲が偏っているという話)まあ公害で答案作っても政経では着地が書けないと思います。以下の解答例では、現実の情報の非対称性による市場の失敗の例を題材に用いて作ったので、参考にしてください。情報の非対称性による市場の失敗には大きく2つに分けて、逆選択(逆淘汰・逆選抜・アドバースセレクション)・モラルハザードが挙げられます。モラルハザードについては早稲田大商学部2019年の論述で出題されています。(後述)まず、逆選択とは契約前の情報の非対称性に起因する現象です。事前に財サービスの品質に関する情報がわからないとき、高品質のものはふさわしい価格で取引されず、市場に低品質のものばかり出回ります。(詳しくはレモン市場のWikipediaでも参照してください)上の答案の例で言えば「安価で危険な(低品質の)商品ばかりが市場に出回る」ならば逆選択といえます。一方で、モラルハザードとは契約後の行動に関する情報がわからないために発生する現象です。例えば、保険会社は加入者を監視することはできないので加入者が契約後どのような行動を取るかという情報を知ることはできません。このような場合、加入者は保険に入っていることに安心して危機管理を怠り、結果として保険に入ったことで事故を起こしやすくなります。早稲田で出題された内容はこれとほぼ同じです。(某S予備校は加入者が情報隠して保険会社に損害を与えるとか書いてましたがとんでもない間違いです。調べながら解答作っているにも関わらず用語の定義を間違える意味がわかりませんね)


〈解答例〉
2医療保険市場において、逆選択という問題が起こった。保険料が高くカバーが手厚いプランと、カバーは手薄だが保険料は安いプランがあった。このとき、契約前に購入者は自分の健康リスクに関する情報を十分持っているが、保険会社は購入者の健康リスクに関する情報が少ない、という情報の非対称性が生じていた。その結果、不健康な人ほど前者を選択し、健康な人ほど後者を選択したため、保険会社はサービスを提供できなくなった。(199字)

出題の意図を読み解く

一橋大学平成31年度入試、および令和2年度入試の出題の意図を公開しています。(https://www.hit-u.ac.jp/admission/application/ito.html)

出題の意図から対策を考えていきましょう。

 

 

まず、平成31年度入試から見ていきます。(以下は政治分野から抜粋)

問2は、日本国憲法のもとで違憲審査制度が設けられたにもかかわらず、十分に機能してこなかった「背景事情」について、説明を求めている。このことは、新聞記事などでも論じられていることである。本問は、教科書にとどまらない幅の広い知識と思考力を計ろうとする趣旨である。

 

さらっととんでもないことを言っています。つまり、一橋大学は教科書の範囲外から出題することを宣言しているのです。最初に投稿した記事でも述べたことですが、受験政経と大学の学問には乖離があります。なぜこのような問題を出すのかと言えば、出題者が問題を作る際、わざわざ受験政経の範囲に合わせるよりも自分の専門分野、および興味のある分野から出題したほうが楽で、なおかつ批判もされないためと考えられます。具体的な例を検討していきます。

 

今年の問題を見ていきましょう。これは経済分野の1番です。(今年の経済分野が2つに分かれている理由は出題者が異なるためと推察されます)

 

設問

表は、米と日本における上位1%の富裕層の所得が総所得に対して占める 割合(以下、上位1%シェア)を示している。両国ともに戦前は上位1%シェア が16%から19%と高い水準を維持してきたが、戦後になるとこのシェアは一 低下した。しかし、2010年になると日本の上位1% シェアが10%なのに対 して、米国では20%まで上昇している。近年になって日米で上位1% シェアに 相違が生じている理由について説明しなさい。(150字以内)

(表は特に関係ないので省略)

 

出題の意図

設問Ⅲは長期的な社会の構造変化の原因やその政策的意味を問う問題となっている。問1では、『21世紀の資本論』(トマ・ピケティ)で取り上げられた富裕層の所得シェアを日米で比較し,どのような社会構造の変化が近年の日米の傾向に違いをもたらしたのかを考察させている。米国では課税前所得の不平等化が進んだのに対して,日本では比較的平等主義的な賃金体系を守っている点など、一般にも広まっている経済社会常識をデータの解釈に柔軟に応用し、簡潔に説明できるかが問われている。

 

元ネタがピケティであることに気づいた受験生はおそらくいないでしょう。アメリカではピケティの主張する富裕層の富裕化が進んでいるのに対し、日本では逆に貧困層の拡大が進んでいること、の指摘がこの設問の意図です。もちろんこのような話は、政経のテキストには書いてないです。よく経済分野はグラフを読み取る問題が多いと言われますが、この問題のようにタダの飾りであることの方が多いように思えます。(この表を眺めていても富裕層の富裕化はわかりません。)つまり、ただ単純に知っているか知っていないか、ということになります。では、どのように対処すればいいのでしょうか。これは最早出題者を探るしかないと思います。例えば、この問題の出題者は一橋大学経済研究所の森口千晶氏であると推測されます。

 

近年の上位 1% および 0.1%所得シェアの動向を見ると、1990 年代半ばから 2008 年のリーマンショックまで緩やかに上昇した後に減少に転じている。また、富裕層の富裕化が進むアメリカでは、上位所得層であるほど所得の上昇率が大きいが、日本ではそのような傾向は見られない(Moriguchi and Saez 2008)。アメリカにおける上位所得シェアの上昇の大きな要因は、①重役報酬の高額化による上位労働所得の拡大と②富の集中による上位資本所得の拡大である。  (中略)

以上を総合すると、日本でも上位所得シェアの緩やかな上昇は見られたが、ピケティの憂慮するような「富裕層の富裕化」が進んでいるとは言い難い。次節では、日本の直面する課題は「貧富」の拡大ではなく、貧困の拡大であることを明らかにする。

(2017 森口千晶“日本は「格差社会」になったのかーー比較経済史に見る日本の所得格差ーー” 『経済研究』68巻2号 177,178頁 より引用)

(リンク先→http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/28528

 

具体的な対策法

完璧に対策したいなら経済研究所も含めたすべての一橋の教員の論文を漁るしかないです。しかしそのような時間はないと思うので(特に現役生は)、正直なところを言うと倫政に時間を使うよりは他の科目に時間を費やしたほうがいいのではないかと考えます。下に自分が実際使用したテキストを載せておきます。参考までに。

 

経済分野

ミクロ経済学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)

マクロ経済学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)

ミクロ経済学・入門 ビジネスと政策を読みとく』(有斐閣アルマ)

マクロ経済学・入門』(有斐閣アルマ)

『財政学ベーシック』(中央経済社

政治分野

憲法 第三版』(弘文社)

『国際政治史』(有斐閣ストゥディア)

国際政治学をつかむ』(有斐閣

倫理分野

山川の用語集のみ

 

2016年 一橋大 倫政〈経済分野〉 解答・解説

図III-1は、日本の1975年から2014年までの各年の完全失業率消費者物価指数対前年上昇率を表している。このように、失業率とインフレ率との間に負の相関が観察されることがある。図をみながら、AとBの二人が以下の会話をしている。
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A:この負の相関を経済学的に説明してみます。いくつか考え方はありますが、代表的な説明は次のようなものでしょう。それは、「金融緩和政策などによって、予期せぬ通貨価値の下落がひきおこされたとする。これによって物価や賃金が上昇する。しかし、貨幣錯覚といって、労働者は物価上昇よりも自分の賃金上昇を敏感に感じることがある。①そのせいで、失業率が下がる」というのです。

B:失業率が下がるのはいいことかもしれないけど、どうして失業率が下がるの?

A:労働者の事情に着目して考えてみると、ある程度納得がいきますよ。

B:そうなんだ。でも、②貨幣錯覚が解けたらどうなるの?

A:いい質問です。失業率や景気はどうなるのでしょうね。まずは、さっき言った代表的な説明をもとに考えてみてください。ただし、それがいつも現実に妥当するわけではないので、現実経済でなにが起きるか断言したり予言したりはできません。

B:景気予測もできないの。

A:いいえ、そういうわけではありません。いろいろな経済学的な考え方を理解することによって、今後どのようなことが起きうるのか、複数の可能性を事前に考察することができるのです。これはとても大事なことですよ。 ただ、勇み足になりかねないので、断定的な景気予測はしないだけです。

問2 下線部①では、全融緩和政策によって失業率が低下すると結論づけられている。Aが紹介したカギカッコ内の説明にそって、その理由を述べなさい。(100字)

間3 Aが紹介したカギカッコ内の説明をふまえ、下線部②のように貨幣錯覚がとけたときには、どのようなことが起きうるのかを説明し、またそれが社会経済に与えうる影響についてどのようなことが考えられるのか、あなたの考えを論理的に述べなさい。(250字)
※掲載されている問題は許可を取っています







失業とは?

出題範囲はマクロ経済学です。まず、失業についてまとめていきます。
古典派経済学では、労働市場における労働供給曲線労働需要曲線の交点によって雇用数と実質賃金が決定されると考えられてきました。つまり、古典派経済学上では失業は存在せず、全ての働く意思のある労働者は雇用されている状態です。しかし、このような古典派経済学の考え方の上でも失業は存在します。例えば、「賃金が低いから」という理由では働かないものや、転職のために一時的に職に就いていないものです。前者を自発的失業といい、後者を摩擦的失業といいます。また、失業者の技量・性別等と、雇用主のニーズに差があるために働くことができない場合も失業の一つです。これを構造的失業といいます。


自発的失業・・・個人の意思に基づく失業
摩擦的失業・・・転職の際に発生する失業
構造的失業・・・雇用主のニーズと労働者の特性のズレによって発生する失業

では、古典派経済学における失業に対し、ケインズ理論における失業にはどのようなものがあるのか見て行こう。ケインズ理論では、賃金は下方硬直的であるとされる。そのため、賃金が労働供給曲線と労働需要曲線の交わる点より高い水準でとどまり、超過供給が起こることで、職に就けない労働者が発生してしまう。このような失業を非自発的失業といいます。
✳︎賃金が下方硬直的であることの説明
ケインズ理論では、賃金が下方硬直的である、という話をしましたが一体なぜそうなるのでしょうか。様々な説明の仕方が可能ですが、ここでは相対賃金仮説というものを紹介しておきます。相対賃金仮説とは、労働者の要求する賃金は他の労働者の賃金水準によるとする考え方で、労働者が賃上げ要求をしている場合下方硬直的となります。

フィリップス曲線

ここまで失業についてまとめてきましたが、改めて問題の図を見てみましょう。
図のような曲線をフィリップス曲線と呼びます。フィリップス曲線が成立するもとでは、インフレ率と失業率の間にマイナスの相関が見られます。つまり、失業率を低くすればインフレ率が高まり、インフレ率を低くすれば失業率が高まるということです。よって、インフレ率と失業率はトレードオフの関係にあるといえます。しかし、短期的には負の相関が見られるものの、長期的にはこの関係は成立しないことがデータによって確認されています。以下では、それを説明したいと思います。

自然失業率仮説と貨幣錯覚

フィリップス曲線の不安定性を説明するものとして、フリードマン自然失業率仮説という理論があります。自然失業率とは、古典派経済学における(自発的失業、摩擦的失業、構造的失業による)失業率をさします。ここで、失業率が自然失業率に等しくなるような状況を想定してみよう。この時、貨幣量を増加させるような金融緩和政策が行われたならば、インフレが発生します。問題文の『金融緩和政策などによって、予期せぬ通貨価値の下落がひきおこされたとする。これによって物価や賃金が上昇する。』の部分です。そこで、問の2番ではその結果なぜ失業率が低下するのかということが聞かれているわけですが、これを考えていきましょう。企業や労働者は、政府との情報格差のため一般物価水準を瞬時に把握することはできません。そのため、労働者について考えれば、インフレによる名目賃金の上昇を、実質賃金の上昇と錯覚してしまいます。その結果、労働者は労働供給を増やし(労働供給曲線が右方にシフトし)失業率の低下につながる、という理屈です。しかしこのような状態がいつまでも続くわけではなく、いずれ労働者は賃金の上昇を一般物価水準の上昇が原因と気付くため、長期には失業率とインフレ率の間に負の相関は見られなくなります。これが、『貨幣錯覚が解ける』ということです。では、長期のフィリップス曲線はどのようになるのでしょうか。以下で図を用いて説明していきます。(手書きなのは勘弁)
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縦軸はインフレ率で横軸は失業率


まず、貨幣錯覚によって失業率が低下します(A→B
次に物価が上昇します(B→C
貨幣錯覚が解け、失業率が元の水準に戻ります。(C→D
以上から、長期のフィリップス曲線は垂直となります。


これは、失業率を自然失業率以下に抑えようとする政策はインフレの上昇のみをもたらすということを意味します。
さて、設問に完璧に答えるためにはまだ不十分です。『どのようなことが起きうるのかを説明し、またそれが社会経済に与えうる影響についてどのようなことが考えられるのか』とあり、どのようなことが起きうるのか=インフレのみをもたらす、という所までしか議論していません。つまりこの問題はインフレが社会経済に与える影響までを含めた問題なのです。なぜこのようなことを強調するのかというと、インフレの影響までちゃんと書いている解答例を見たことがないからです。以下では、インフレのもたらす影響についてみていきます。

予想されたインフレのコスト

インフレによって通貨価値が下落すると、物価が上昇します。この時、実質的な貨幣価値の目減りは名目利子率の上昇によって補われますが、現金だと利子は支払われません。そのため、人々は現金を減らしインフレの影響を受けない資産という形で保有しようします。例えば、資産を全て銀行に預けた場合、必要な時には預金をおろしに行く必要があり、手間がかかります。このようなコストは靴が痛むことの比喩として靴底のコスト(シューレザーコスト)と呼ばれます。また、インフレの影響で商品を値上げする場合、メニューを書き換えるコストが必要となります。これはメニューコストと呼ばれます(メニューコストのため、商品の価格が硬直的となることもある)。また、年金の目減りやスタグフレーションで書いても問題ないでしょう(金融緩和政策を行なっているので不況であることは前提)。


なかなか難しい問題だと思います。問題文では言及されていませんが、フリードマンの自然失業率仮説が深く関わっています。受験政経ではケインズ有効需要、財政政策、金融政策といった総需要ばかりが取り上げられていて、このような問題に対処できるのか甚だ疑問です。範囲が偏りすぎているというのも政経の問題点です。以下に解答例を載せておきます。


〈解答例〉
2金融緩和政策により物価や賃金が上昇すると、賃金の上昇は認識できても、政府との情報格差から物価の上昇はすぐには認識できないため、労働者が実質賃金の上昇と錯覚し労働供給量を増やすので、失業率が低下する。(100字)
3貨幣錯覚がとけたとき、実質賃金が上昇していないことを認識した労働者は労働供給をやめるため、失業率は以前の水準へと上昇する。この時上昇した物価は変化せず、金融緩和政策は結局失業率の低下に効果なく、インフレのみをもたらす。インフレが社会経済に与える影響として、貨幣保有機会費用が高くなり資産の形で保有する動機が高まり、取引の際資産を変換する手間が生じる。企業では価格改訂が必要になり、メニュ一書き換えの印刷代等の費用がかかる。また、改訂できない企業は現状価格で販売せざるをえず資源配分に歪みが生じる。(250字)

2010年 一橋大 倫政〈経済分野〉 解答・解説

政府の少子化対策について、様々な根拠が考えられる。そのひとつに「子どもを公共財とみなす」という考え方がある。この考え方を説明しなさい。その上で、政府の少子化対策の必要性について論じなさい。(250字)
※掲載されている問題は全て許可を取っています。








公共財とは何か

出題範囲はミクロ経済学です。まず、公共財の定義から考えていきましょう。
公共財とは非排除性非競合性を併せ持つ財のことを指します。山川の用語集を確認したところ、これらの説明は省かれていましたが、今年のセンター試験に出題されているほどの基本的な用語なのでしっかりおさえておきましょう。


非排除性・・・対価を支払うことなく財を消費することができる、という性質
非競合性・・・複数の消費者が同時に同質の財を消費することができる、という性質


厳密に分類するならば、非排除性と非競合性を併せ持つ財を純粋公共財、片方のみを持つ財を準公共財と呼びます。その中でもとりわけ、非排除性のみを持つ財をコモン財、非競合性のみを持つ財をクラブ財と呼びます。これらもあわせておさえておきましょう。


純粋公共財の例・・・国防、空気など
コモン財の例・・・共有資源(水など)
クラブ財の例・・・映画など


以上の公共財の定義が「子ども」にどのように対応するのか、ということを考えれば良いわけです。市販されている問題集の解答にほ非排除性、非競合性の片方しか触れていなかったり、どちらにも言及していないものがありますが、250字という記述量を考えても、ここでいう「公共財」は純粋公共財という意味で捉えるのが自然です。

子どもは公共財

では、子どもはいかなる点で公共財的な性質を持つのでしょうか。まず簡単に思いつくのは将来的に働くことで財やサービスを生み出す、という点です。次に、社会保障制度の安定です。日本のように賦課方式を広く採用している国においては、子どもが増えれば一人当たりの社会保障負担は少なくなります。以上の点で子どもは社会全体に正の外部性をもたらします。社会全体に便益を及ぼすため、この点で非競合性を持つと言えます。また、子どもを持たない人を排除することができないため、この点で非排除性を持つと言えます。これで子どもが公共財であることの説明はできました。

政府の少子化対策の必要性

次に、政府による少子化対策はいかなる理由で正当化されるか、を考えます。公共財は、市場原理に任せておくと、フリーライド(ただ乗り)が発生します。フリーライドされると分かっている財サービスは、自ら供給しようとは考えません。(このブログも知識なので公共財ですが・・・)その結果、公共財は過少供給となります。このような場合に政府の介入によって財サービスを最適配分する必要性が生じます。では、具体的にどのような方法で政府が介入するのか、を考えます。公共財であるからといって政府が直接供給するとは限りません。民間企業に補助金を出して、委託して供給を行うことも考えられます。同様にして、補助金を出して子どもの最適供給を達成する方法が現実的であると考えられます。


以上の要素を250字にまとめれば満点近く貰えるはずです。この問題はレベルはそこまで高くはありませんが、学べる点も多く良問だと思ったため記事にしました。解答例の下に補充問題を載せておきます。

〈解答例〉

3公共財とは、複数の消費者が同時に消費できる非競合性と、対価を支払わず財を消費できる非排除性を持つ財である。子どもは、賦課方式の社会保険制度下で制度の維持という便益を社会全体にもたらすため、非競合性を持つ。また、子どもを持たない者でも便益を享受できるため、非排除性を持つ。以上から子どもは公共財と言える。子どもの便益にはフリーライダーが発生し、市場原理に任せておくと、子どもの供給は過少となり少子化に繋がる。そのため、政府による補助金等によって、供給を最適にし、効率的な資源配分を達成する必要がある。(250字)




補充問題
日本は米軍に支援をすることで、公共財を提供していると言える。どういうことか、説明しなさい。

一橋大学の倫理政経廃止に思うこと

令和4年度入試(再来年の入試)より、「倫理・政治・経済」及び「ビジネス基礎」が社会科目の選択から廃止されることが発表されました。(→http://www.hit-u.ac.jp/admission/application/pdf/R3_kamoku.pdf)

廃止の理由について考えられること

そもそも選択者数が少ない

倫政が国公立の二次試験で使える大学はごく少数であり、ビジネス基礎は一橋特有の科目です。つまり選択者数が少ないため、問題を作る手間、採点する手間がかかる、という理由です。
しかし、同様に選択者数が少ない地理は廃止されません。そこで、考えられるのは次の理由です。

大学側が要求するレベルの答案がない

つまり、受験生のレベルが低いため、作問者側が意図したような答案が皆無であるということです。これは決して受験生が悪いのではなく、高校教育での「政経」という科目、それ自体に欠陥があるためではないかと考えられます。過去問をみていると分かりますが(特に政経分野)、およそ大学受験科目の「政経」では対処できないような問題が多くあります。これは、大学入試の受験科目である「政経」と、大学における「経済学」「政治学」「国際政治史」etc… の間に大きな乖離があるためです。つまり、高校教師や予備校の公民科講師の見ているものと、大学教育が見ているものは全くの別物、ということになります。そのため、市販されている参考書、過去問題集の解答解説にもヘンなことを書いていたり、酷いものは言葉の定義すら誤っているものも数多く見られます。

受験科目から「政経」を廃止する動き

このような「政経」廃止の動きは、他にも見られます。早稲田大学の受験科目でも「政経」は存在しますが、来年度入試より、人間科学部、そして社会科学部で使用することが出来なくなりました。

政経」は改革が必要なのではないか

これまで述べたように、「政経」は大学の学問と大きく性質が異なります。大学受験科目としての「政経」は、専門用語についての詳しい説明のないまま天下り的に暗記するだけの科目になっていると思います。例えば、市場における需給曲線に関して、「供給曲線が何故右上がりになっているのか」を説明できる受験生、そして教師は現実にほとんどいません。このような「政経」と大学の学問の乖離が廃止の動きに少なからず影響を与えているのではないかと思います。今必要なのは、このような溝を埋め、うまく大学の学問に接続できるよう改革することである、と考えます。